マスターが選ぶこの一曲 【Part1】

SOULTRANE'S マスターが選ぶこの一曲

タイトル通り、不肖ワタクシ、マスター池田が選ぶ〝これぞ名演〟の紹介です。
珍演ではありません。
ドラムだけでなく、全ての楽器を対象とします。
ドラマー他、ジャズを愛する皆さんの参考にして頂ければ幸いです。



■ マスターが選ぶこの一曲  vol.1

アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード


ザ・グレイト・ジャズ・トリオ「アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード」より〝ナルディス〟
1977年作

・ハンク・ジョーンズ(p)
・ロン・カーター(b)
・トニー・ウイリアムス(ds)


トニーは、
誰もが認める天才ドラマーですが、
そのテクニックやエナジーの凄まじさではなく、
音楽的な深み、陰影という点が、最も表現された一曲です。

このミディアム・テンポにして信じられないシンバル・レガートの疾走感、

唯一無二のテクニックから成り立つ、
オリジナリティー溢れるオカズ(ゴハンではありません、フィル・インです)、

そして何と言ってもベースソロの後に来る、
ピアノ~ドラム~ベースの神懸かり的な8バース・ソロ!

ハンク・ジョーンズ、ロン・カーターという希代の名手を前にして、
ドラマーがもっとも音楽性、表現力の高さを保ちつつ、独自の解釈で、
楽曲を歌っているという、奇跡のような演奏です。

必聴!



■ マスターが選ぶこの一曲 vol.2

ワインライト


グローバー・ワシントンJr「ワインライト」より〝Just the Two of Us〟
1980年作

・グローバー・ワシントンJr(sax)
・リチャード・ティー(ky)
・エリック・ゲイル(g)
・マーカス・ミラー(b)
・スティーヴ・ガット(ds) 他


サンバが洗練されてボサノバを生み出したと同じく、
1970年代に
当時ジャズ・ロックと呼ばれていた音楽が、
よりソフィスティケイテッドされ、ポップなテイストを加味して、
〝クロスオーパー〟&〝フュージョン〟と呼ばれるジャンルが生まれ、
一大ブームとなった。

その中で、音楽性・商業性(人気・売上)共に最高ランクに位置する、
金字塔のようなアルバムの代表曲。(この曲で、グラミー賞まで受賞した)

しかし、この時代のコピーライターのセンスはすごい。

どう訳したら〝Just the Two of Us〟が、
〝クリスタルの恋人たち〟になるのか?

当時流行った〝何となくクリスタル〟とか、
村西ナニガシの某AVメーカーからとったのか?(な訳ないだろ!)

色々考えてしまう。

しかし、この曲の構成美は素晴らしい。

冒頭のリチャード・ティーの〝ホニャララ~〟と雨上がりの夜空を思わせるフェンダー・ローゼス、
シンプルだが実際マネしても絶対できないガットのバスドラ、
どうでも良いようで、しかもこれっきゃないだろ、と思わせるビル・ウィザードのボーカル、
そして、この曲で多分メジャーデビューとなったトリニダード・トバゴの国器、
〝スティール・パン〟の奏者ルドルフ・チャールス、一世一代のソロ!

落語のこれ以上ないマクラのように、
オリンピック陸上400mリレーのアンカーに渡すバトンのように、
静かに演奏が盛り上がり、沸点に達する寸前で、
次のプレイヤーにつないでゆくプロ精神!
(昔、マイルスがよく演っていた)

もう少しで最高のソロを完成できるところを、
全てグローバーに託すというアカデミー助演男優賞もののソロだ。
泣ける。

そしてマンマ引き継いだグローバー入魂のソロ。

実は楽曲全ての舵を握るマーカス・ミラーの官能的なベース。

まるで、美しい映画を観終わった様な気分にさせられる一曲だ。

必聴。



■ マスターが選ぶこの一曲 vol.3

My Funny Valentine

マイルス・デイビス「マイ・ファニー・バレンタイン」より〝マイ・ファニー・バレンタイン〟
1964年作

・マイルス・デイヴィス(tp)
・ジョージ・コールマン(ts)
・ハービー・ハンコック(p)
・ロン・カーター(b)
・トニー・ウイリアムス(ds)


星の数ほどあるこの曲の演奏の中で、
自分の心の奥底が映る鏡を覗き見てるような気持ちにさせられる深遠さ、
という点で最高峰に位置する名演。

うちの店でもめったにかけません。
仕事になんなくなっちゃうから。

どうやってもBGMにならん。

キャンドルに一本ずつ灯りを点していくような、ハンコックの美しいイントロ。

〝ここまでディープに響くか?〟と恐ろしくなるマイルスの冷徹な音色。
(本人は何も考えずに吹いてるだけと思われるが)

4ビートになる前のロン・カーターの大海原が盛り上がってゆくような3連フレーズ、
それにコール&レスポンスするトニーのスリル溢れるスネアとバスドラのフィルイン。
(一歩間違えたら曲が全て壊れるっちゅーの!)

間違いなく自己ベストであろうジョージ・コールマンのテナー・ソロ。
(この人は過小評価されすぎだ)

〝これぞ名人芸〟のオンパレード!(古い!スイマセン)

一度、部屋の明かりを暗くして、お酒でも飲みながら、じっくり聴いてみて下さい。

ジャズの奥深さが満喫できる一曲です。

P.S 2曲目の〝オール・オブ・ユー〟も〝マイファニー〟との組曲かの様に素晴らしいです。
ぜひニコイチでどうぞ。



■ マスターが選ぶこの一曲 vol.4

Supertrios

マッコイ・タイナー「スーパー・トリオ」より〝モーメンツ・ノーティス〟
1977年作

・マッコイ・タイナー(p)
・ロン・カーター(b)
・トニー・ウイリアムス(ds)


す、凄まじい…!とはこのトニーのドラミングの為にある言葉ではないか?
と本気で思ってしまう天才ドラマーの完成型。

なんたって、マッコイともあろうピアニストが、
煽られてフレーズ裏返っちゃうんですよ!
(さすがにすぐ戻るけど)

ロン・カーターなんて必死こいて頑張ってるけど、
絶対途中でポリポリ頭掻いてると思われるフシがある。
(今度会ったら聞いてみよう)

これではトニー、友達少なくなるのでは?
と余計な心配までしてしまう。

まるで、セナとマンセルが活躍してた頃のF1を観てるようなアドレナリンの大放出!

とにかく、真夏に入道雲の下で、
汗ダラダラかいて団扇片手にビール飲みながら聴きたい一曲。
(そんな暑苦しい聴き方したくないって!)

P.S ちなみにこのアルバムの半分は(2枚組です)、エディ・ゴメス(b)、ジャック・ディジョネット(ds)のトリオです。
こちらも最高です!



■ マスターが選ぶこの一曲 vol.5

マイ・ソング

キース・ジャレット「マイ・ソング」より〝カントリー〟
1977年作

・キース・ジャレット(p)
・ヤン・ガルバレク(ts,ss)
・パレ・ダニエルソン(b)
・ヨン・クリステンセン(ds)


よく、ミュージシャン&オーディエンスが、
とんでもなく素晴らしい演奏ができた(聴けた)時に、
「何か(神orビーナス)が降りて来てるようだ」と表現する事があるが、
フツーのミュージシャンが、生涯何回かしか経験できないそのフィールを、
多分日常茶飯事に感じてるだろう天才ピアニスト、
キース・ジャレットの代表曲。

この人の場合、美の神様に愛され過ぎて、
もうちょっとで上に連れていかれるとこを、
〝イヤだイヤだ〟と踏ん張り過ぎて、腰を痛めたと思われる。
(事実、キースは演奏活動が危ぶまれる程の腰痛を長年患っている)

〝ケルン・コンサート〟のA面〝サム・ウェアー・ビフォー〟のマイ・バック・ページ、
〝ゲイリー・バートン&キース・ジャレット〟のフォーチュン・スマイルズなど、

キースが弾き出すと、すぐ神サマが、出張サービスとばかり、
ピアノの横にチョコネンと座ってしまう。

かく言う私も「東京ジャズ地図」のインタビューで
〝人生最後に聴く1曲は?〟との問いに、
〝この曲(カントリー)でいいや〟と答えとる、ヤバイ!

でもホントにそういう気分になってくる。

人が逝く前に、一つ々々の思い出と御世話になったあの人に、
〝アリガトね〟と挨拶回りをして、最後に故郷に帰っていく、
という情景を、そのまま最高のメンバーが音で綴った、
みそぎのような、美しい一曲。

P.S 裏ジャケの桜の樹の下(違うか?)で撮ったメンバーの写真も素敵だ!
一騎当千の武士(もののふ)の様な面構え、
まるで比叡山千日回峰行の阿闍梨のようだ。



■ マスターが選ぶこの一曲 vol.6

ライヴ・アット・バードランド

ジョン・コルトレーン「ライヴ・アット・バードランド」より〝アフロ・ブルー〟
1963年作

・ジョン・コルトレーン(ts,ss)
・マッコイ・タイナー(p)
・ジミー・ギャリソン(b)
・エルビン・ジョーンズ(ds)


冒頭のワン・フレーズを耳にした瞬間、
自分が熱風吹き荒ぶアフリカの大地に降り立ったような、
デジャヴのような感覚をもたらしてくれる、
コルトレーンの最高傑作。

個人的に〝これで、会社を辞めました〟のCMよろしく、
この一曲で、人生ドロップアウトしてしまった感が強い。
(もともとグレてたという噂もある)

どのような人生経験、生き様を経たら、
こういう魂の固まりのような音が出せるのか?

この燃焼度の凄まじさは何なのか?

今でも本気(マジ)で考えさせられる。

自分にとって、アントニオ猪木のビンタのように、
こちらに気合いが欠けてると、シッペ返しにあう事必至の、
心の持ち方が試される踏み絵のようなジャズ。

だからヤバイんだな、コルトレーンは…。

えー、曲の話に戻します。

尋常でないテーマの後に続く、
マッコイの〝自分も行かせて頂きます〟と覚悟を決めた、
どこぞの鉄砲玉のような怒濤のピアノ・ソロ。

〝天馬空駆ける〟ような〝人生一度はライオン・キング〟(何だそりゃ?)
のようなエルビンのドラミング。
(しかし、ホントに3点セットかコレ? 信じられん)

指も千切れんとばかりにベース掻き鳴らすギャリソン。

皆おかしいぞ!
何か乗りうつっとる、早く帰って来なさい!

それに続く、覇王降臨のごとく、
全てを薙ぎ倒していくコルトレーンのソプラノ・ソロ。

〝もう好きにして下さい!一生ついていきます〟
と思わず拝んでしまう自分がコワイ。

え、批評になってないって? ス、スイマセン。

だからヤバイんだな、コルトレーンは…。



■ マスターが選ぶこの一曲 vol.7

エヴリデイ、エヴリナイト

フローラ・プリム「エヴリデイ,エヴリナイト」より〝サンバ・ミシェル〟
1978年作

・フローラ・プリム(vo,perc)
・ラウル・ジ・スーザ(tb)
・ジェイ・グレイドン(g)
・ジョージ・デューク(elp)
・チェスター・トンプソン(ds)
・アイアート・モレイラ(perc,vo) 他


これってスタジオ録音だよね?
何なんだこの異様なテンションの高さは?

絶対一発録りだ、二度とできる演奏じゃない。

こういうの聴くと、サウンドをまとめたり、
完璧さを求めてリハを重ねる、ということ自体、
姑息な作業に思えてくる。

ジャズは、やっぱアドリブの瞬発力が命だなー、とつくづく納得させられる、
フローラ・プリム、一世一代の快演!

リオのカーニバルよろしく〝人生は祭りだ!〟(北島のサブちゃんではない)
と本気で思わせてくれるジャズ・サンバの最高峰。

元々、プロミュージシャンから、異常に人気の高かったLPで、
何年か前に再CD化した時、1ヶ月位で初回プレスが完売した伝説がある。
(買っといてよかった)

しかし、じぇったいスゴイ酒盛りしてるなコレは…。
プリム姐の出所祝いの感が強い。
(実際フローラは麻薬不法所持で以前刑務所に入っとる)

他の曲には、あのジャコ・パストリアス(b)も参加してるし、
ハッパ・フミフミの大宴会セッションに間違いない。

でも、怖いモノ観たさで、この〝アリス・イン・ワンダーランド〟の様な
輪の中に入って、我を忘れて踊り狂いたくなる衝動に駆られてしまう。

我ながらヤバイ性(サガ)だなー。
良い子はマネしないようにしましょう。



■ マスターが選ぶこの一曲 vol.8

ウェン・アイ・ワズ・アット・アソ・マウンテン

エルビン・ジョーンズ/田中武久「ホエン・アイ・ワズ・アット・アソ・マウンテン」より〝ビューティフル・ラヴ〟
1990年作

・田中武久(p)
・セシル・マクビー(b)
・エルビン・ジョーンズ(ds)


曲というフィルターを通して、その演奏者自身の人生や、人生観、
というものが、ごく自然に伝わって来る演奏というのは、
多々ありそうで、実はとても少ない。

何故かと言うと、ミュージシャンのテクニックの有無、ではなく、
その曲に、どれだけ入っていけるか? というピュアな感性と、
ある種の覚悟、の様な心のあり方、が不可欠だからと思われる。

要は、個人の資質として、楽曲を前にして〝自分を捨てる〟というか、
〝いかに無心に曲に向かえるか?〟という潔さがないと、
そこ迄の演奏はできないと思う。
(妙な色気を出しても、曲に負けちゃうって事かな)

そういう意味で、筆者が〝ビューティフル・ラヴ〟という名曲をして、
最も〝その人〟が滲み出てると感動させられ、畏敬の念を禁じ得ない、
関西ジャズ界のドン、田中武久氏の名演!

〝人生意気に感ず〟と実に静謐な気迫に満ちたエルビンとマクビーのバッキング。

ワン・コーラス毎に、一音々々丁寧に物語を紡いでいく、
極上のストーリー・テラーの様なピアノ・ソロ。

人が生まれ、また死んでいくという、
川のような流れが、走馬灯のように過ぎて去く、
まるで映画〝ニュー・シネマ・パラダイス〟の様な美しいジャズ。

饒舌ではなく、訥々としたプレイに、
田中氏のこの曲への思い入れの深さを感じる。拍手!

P.S 最近このCDが再発になりました!お早めにお聴き下さい。
又、田中氏は大阪の道頓堀で〝セント・ジェームス〟というライブ・ハウスを経営なさってて、御自身もピアノを弾かれてます。
大阪に行かれたら是非チェックしてみて下さい。
(〝ジャズ・ライフ〟にもスケジュール載ってます)



■ マスターが選ぶこの一曲 vol.9

スウィート・レイン

スタン・ゲッツ「スウィート・レイン」より〝オ・グランジ・アモール〟
1967年作

・スタン・ゲッツ(ts)
・チック・コリア(p)
・ロン・カーター(b)
・グラディ・テイト(ds)


よく雑誌に〝無人島に1つだけ持ってくなら何にします?〟
なんてコーナーがあるが、ジャズ・ボサで1曲選びなさいと言われたら、
(ジャズ・ミュージシャンが演奏するボサノバのことです)
迷う事無くこの曲をチョイスするであろうスタン・ゲッツの超名演。

元々インプロバイザーとして、ド天才の一人だが、
本当に、一音、一発たりともハズさない演奏だ。
(〝音がハズれる〟とかの次元でなく、あらゆる瞬間に
〝これっきゃないだろ〟という音を出すの意)

これって〝書き譜〟か?と余計な詮索までしてしまう。

音の強弱、ビブラート、サブトーンetc…など、
フィギュアのキム・ヨナよろしく、
難易度最高レベルの技を次々と余裕でこなす職人芸。

歌舞伎の大向こうではないが、
思わず〝音羽屋ッ!〟と声をかけたくなってしまう。

また隠れ名ドラマー、グラデイ・テイトの
ジャズ・ボサの教科書の様なバッキング、渋い!

やはり歌えるドラマーはセンスが違う。
(テイトはボーカル・アルバムを出すほど、歌もウマイ)

筆者もマネしたいが、映画〝ブルース・ブラザーズ〟みたく、
歌った途端、ビール瓶がまとめて飛んで来そうなので、
やめときます。



■ マスターが選ぶこの一曲 vol.10

The Man I Love

ジョニー・グリフィン「ザ・マン・アイ・ラヴ」より〝ハッシャ・バイ〟
1967年作

・ジョニー・グリフィン(ts)
・ケニー・ドリュー(p)
・ニールス・ペデルセン(b)
・アルバート・ヒース(ds)


〝ジャズは演歌だ!〟なんて言うと、
真面目なジャズ・ファンの皆様から非難轟々だろうが、
ジャズの曲が持つ〝ウェットなフィーリング〟が、
日本人の義理人情的精神構造に、とってもハマッてるのは間違いないと思う。

事実〝レフト・アローン〟とか〝ジャンゴ〟〝テイク・ファイブ〟
ケニー・ドーハムの〝アローン・トゥゲザー〟などがこれだけ取り沙汰されるのは、
世界広しと言えども、日本だけなのです。

さらに、ごく稀に〝アンタ前世はじぇったい日本人やろ?〟
としか思えないミュージシャンもおられる。

その代表的テナー・マン、
ジョニー・グリフィンのレコード大賞演歌部門グランプリに輝く名演。

む~、しかし臭い!

〝くさやの干物か?〟と言うか、
〝火曜サスペンス〟のエンディングにも使えそうなウェットさだが、
これが〝タマンないラブ〟(1曲目は〝ザ・マン・アイ・ラヴ〟だ)なのだ。

グリフィンの名誉の為に言っとくが、純粋なジャズとしても、
文句なく、ミシュラン5つ星レベルのテナー・ソロだ。

ペデルセンとのデュオとなるパートなど、
何回聴いても鳥肌が立つ。

しかし、しかし!

聴き終わった後に、
〝いや~、演歌ってホントにいいもんですね、サイナラ、サイナラ〟
と呟いてる自分がおる。

ホント困ったもんだ。